
ARRって何?SaaSビジネスのKPI、重要指標について解説!
SaaS(Software as a Service)ビジネスを行う企業の成長率を測る重要な指標の一つに『ARR』があります。ARRを活用して事業の現状を分析することは、自社の強みや弱みを認知することにつながり、事業戦略に大きな影響をもたらします。本稿ではARRの算出方法や重要視される理由について詳しく解説していきます。
ARRってなに?
ARR(Annual Recurring Revenue)とは、日本語で「年間経常収益」を意味し、毎年決まって継続的に得られる収益のことです。SaaSビジネスにおいて、顧客が年間契約で支払う利用料の合計額がこれに該当します。
このARRは、初期費用やコンサルティング料のような単発の収益は含まず、純粋にサブスクリプションから得られる安定的な収益を指します。そのため、事業の成長性を測る上で非常に重要な指標となります。
特にカスタマーサクセス(CS)職の転職では、このARRの重要性を理解しているかどうかが問われることが増えています。なぜなら、CS職の主なミッションは、顧客の成功を支援することでサービスの継続利用を促し、ARRの維持・拡大に直接貢献することだからです。
年間契約を結ぶことが多いBtoBビジネスでは、特にARRを重要視する傾向があります。年単位で収益の増減を明確に把握することで、事業がどのくらい成長しているのかを数値化して確認することが可能になります。
サブスクリプション型の収益モデルを扱うSaaSビジネスでは、事業の『成長性』『効率性』に加え、どの程度顧客がサービスをリピートするかという『顧客ロイヤリティ』の3つの観点で運営を観察していくことが重要です。この3つのうち、『成長性』を測るためのKPI(重要経営指標)がARRです。
サービスを利用する顧客の増減をARRの推移から読み取り、サービスの売上予測を行うことができることから、サブスクリプション方式で収益を上げるSaaSビジネスが全盛の現代で、重要なKPIとして注目を浴びるようになりました。スタートアップ段階のサブスクリプションビジネスの行方を測るにあたっては最も信頼できる指標とされています。しかし、ソフトウェアのパッケージ販売のように製品を売却した対価として利益を上げる売り切り方のビジネスでは、ARRをKPIとして使用することはありません。
ARRの算出方法
ARRを算出するには、まず『MRR』の算出が必要です。MRRとは『Monthly Recurring Revenue(マンスリー・リカーリング・レベニュー)』の略称で、日本語に訳すと『月次経常収益』を意味します。大まかには、毎月繰り返し得られる収益・売上を合算した経営上の指標を表します。MRRの詳細については後にご説明することとし、ARRの算出方法に戻ります。ARRはMRRの数値を12倍(12ヶ月分)することで算出できます。
ARR=MRR×12
計算方法は非常に単純で、MRRが大きくなるにつれてARRも増加します。
MRRとは違うの?
MRRは毎月繰り返し得ることのできる売り上げを指します。MRRもARRと同様に特定の期間一定を得られるという点がポイントで、初期費用やコンサルティング費用などスポットの収益は含まれません。ここではARRとMRRは具体的にどのような違いがあるのか解説していきます。
MRRの計算方法
MRRの計算方法はいくつかあり、まず1つ目の計算方法は以下の通りです。
MRR=1アカウントあたりの月間平均収益×該当月のユーザー総数
2つ目の方法は、4種類に分類したMRRの各数値を元に算出するものです。
・New MRR(当月の新規顧客から得られるMRR)
・Expansion MRR(前月と比べて商品やサービスをアップグレードされて増加したMRR)
・Downgrade MRR(前月と比べて商品やサービスをダウングレードされて減少したMRR)
・Churn MRR(当月に解約した顧客から得ていたMRR)
下記の方法で計算することで当月のMRRが算出できます。
MRR=前月MRR+(New MRR+Expansion MRR−Downgrade MRR−Churn MRR)
MRRは、当月に増減した顧客数のデータを利用するため、収益以外の部分で新たな改善点を見つけるきっかけになります。
MRRとARRとの違いは?
ARRとMRRの違いは、対象としている期間です。月単位の契約を結んでいるビジネスではMRRが重要視され、年間契約が多いビジネスではARRを重視することが一般的です。しかし、採用する指標を契約期間のみで決めてしまわず、何を目的に、どんなテーマが必要なのかを明確にして、MRRとARRを使い分けましょう。いずれもビジネスが健全に成長しているかどうかを確認する指標となるので、分析したい事柄に合わせて臨機応変に活用する必要があります。
なぜARRが重要視されるのか
冒頭よりARRはSaaSビジネスにおいて重要な指標の一つとお伝えしてきました。ここからはなぜARRが重要視されているのか、どのような効果があるのかについて解説していきます。
ビジネスの成長率・パフォーマンスを確認できる
ユーザーが期間ごとの定額料金を支払って利用するサブスクリプション型の収益モデルを扱うSaaSビジネスの場合、事業の成長率を測る指標としてARRが特に適しています。従来の売り切り型の収益モデルにおいては、一般的に売上高がそのまま成長指標として扱われますが、サブスクリプション型SaaSビジネスの場合、同様の考え方を当てはめるだけでは正しく成長率を捉えることができません。SaaSビジネスは期間ごとの売上を累計していくことにより事業を成長させるため、ARRを確認し推移を分析することで成長性を把握できます。また、ARRという定量的な数値で現状のパフォーマンスを捉えることで、戦略や施策の改善検討にも役立てられます。
将来予測に役立つ
一般的にARRはMRRを12倍して計算しますが、SaaSビジネスの契約期間は、1か月、3か月、6か月、12か月と様々です。年間契約(12か月)のSaaSビジネスの場合は、その契約のARRが今後1年間の売り上げ見込みとして、年間収支や事業計画に使えます。一方、12か月未満の契約の場合は、その契約における契約更新時の解約率や退会率を加味して、今後1年間の売り上げ見込みとする必要があります。
CS職の貢献が企業の時価総額に直結する
ARRは投資家が企業の将来性を判断する上で非常に重要な指標です。高いARR成長率や安定したARRを持つ企業は、将来の収益予測が立てやすく、企業価値が高く評価される傾向にあります。
ここで重要になるのが、カスタマーサクセス(CS)職の存在です。CS職は顧客の解約を防ぎ(チャーンレートの改善)、アップセル・クロスセルによって顧客あたりの収益を向上させることで、ARRを安定的に、そして効率的に成長させます。
つまり、CS職の活躍がARRの向上に貢献し、それが結果として企業の時価総額を高めることにつながるのです。CS職の転職を考える際には、自分がARRの成長にどう貢献できるのかを具体的に説明できることが、大きな強みとなります。
CS職がARRを増やすためにできること
ARRを向上させるには、大きく分けて3つの方法があります。特にカスタマーサクセス(CS)職が直接的に貢献できるのは、以下の2つです。
1. 既存顧客からの収益拡大(アップセル・クロスセル)
既存顧客に、より高額なプランへの変更(アップセル)や、関連する追加機能の購入(クロスセル)を提案することは、ARRを効率的に増やすための重要な方法です。
新規顧客を獲得するコストは既存顧客を維持するコストの5倍かかるとも言われています。ある程度サービスが成熟してきた段階では、顧客との信頼関係を築いているCS職がアップセル・クロスセルを積極的に行うことで、新規獲得よりも効率的にARRを伸ばすことができます。
2. 顧客の継続契約を維持し、解約率を下げる
ARRを安定的に成長させるには、既存顧客の解約を防ぐことが最も重要です。解約率(チャーンレート)が高いと、新規顧客を獲得してもARRはなかなか伸びません。
CS職は、顧客がサービスから最大限の価値を引き出せるようサポートし、サービスの利用満足度を高めます。これにより、顧客の継続契約を促し、解約率を下げることに直接的に貢献します。解約率をKPIに設定してモニタリングし、顧客データを元に改善策を実行し続けることが、ARRの成長に不可欠です。
他にもSaaSで使用される指標
ここまでARRについてご説明してきましたが、SaaS業界で使用される指標はARRだけではありません。ここからは注視すべき重要な指標を紹介します。
LTV(顧客生涯価値)
LTVとは、顧客生涯価値を意味する『Life Time Value』の略であり、顧客1人(あるいは1社)当たりが自社にいくら利益をもたらしたかを示す指標です。LTVは平均的な顧客がもたらす価値の大きさを表すため、LTVを通じて自社の価値を示すことができます。ほとんどのSaaSビジネスはサブスクリプションモデルで運営することが多いので、契約が更新されるたびに翌1年間にわたって経常的に収益が発生し、結果として顧客あたりの生涯価値が増大します。
企業と顧客の取引は1度だけとは限りません。自社の製品やサービスを気に入った顧客は、何度も自社製品を購入してくれることが予想されます。それだけでなく、自社に対する愛着を持ってもらえれば、関連商品やサービスのアップグレードをしてくれる可能性があります。つまり、LTVはアップセル、クロスセルやリピートを含めた1顧客の売上総額になり、企業の成長度合いを正確に把握する上で役立ちます。
市場が成長している間は、新規顧客の獲得で利益の拡大を見込めますが、市場が成熟期に入ると、新規顧客の獲得スピードが鈍くなります。そのため、LTV施策によって顧客1人1人の売上合計を増やすことが必要になるのです。
解約率
解約率とは顧客離脱率のことで、チャーンレート(Churn Rate)とも呼ばれます。近年この言葉が大きくクローズアップされてきたのは、『物の所有』から『サービスの所有』へビジネスのトレンドが変化したことが背景にあります。買取りではなく契約期間中サービスを利用できるというモデルでは、新規契約の獲得数と並んで、既存契約の維持、すなわち解約率をいかに下げるかが最重要課題となります。
解約率には、顧客数の減少を測る『カスタマーチャーンレート』と、収益の減少を測る『レベニューチャーンレート』の2種類があります。カスタマーチャーンレートは、一定期間内の解約者数を前期末時点の総顧客数で割ることで算出します。一方、レベニューチャーンレートは、解約や低額プランへの移行などによる損失金額から算出する『グロスレベニューチャーンレート』と、解約や低額プランの移行などによる損失金額から、高額プランへの移行などによる増益分を差し引いた上で算出する『ネットレベニューチャーンレート』に分類できます。ビジネスの長期的成長を実現するためには、新規契約だけでなく解約率やダウングレードによるダメージも常に把握し、課題の早期発見や解決が可能な状態にしておかなければなりません。
まとめ
一般的なビジネスでは売上高が指標として用いられますが、継続してサービスを利用してもらうサブスクリプション型SaaSビジネスではARRが重要な経営指標として活用されています。ARR、MRRを把握することで、事前に売上の予測が立てられるようになり、経営上の計画を立てやすくなるメリットがあります。ARRを多角的に分析、活用することができれば、企業戦略や施策の立案などに大きく貢献することができます。正しく意味を理解し、他の重要指標と合わせて活用していきましょう。
<関連記事>